糖尿病はグルカゴンの反乱だったーしらねのぞるばさんの情報

前の記事「糖尿病はグルカゴンの反乱だった」にしらののぞるばさんから、貴重な解説をいただきました。そのまま記事にします。

テキサス大学 Unger教授が提唱した,グルカゴン中心説ですね.

糖尿病といえば,インスリンにのみ目を奪われて,その拮抗ホルモンであるグルカゴンがほとんど省みられていない時代に,Unger博士の論文は強烈なインパクトがありました.

Glucagonocentric restructuring of diabetes:a pathophysiologic and therapeutic makeover
糖尿病はグルカゴン中心に再構築すべき

R. H. Unger et al.,
The Journak of Clinical Investigation Vol.122(1) 4-12 ;2012

https://www.jci.org/articles/view/60016

『糖尿病はグルカゴンの反乱だった』
この本の出版は知りませんでした, 読んでみます.
著者の稙田(わさだ)太郎先生は,30代の頃に このUnger博士の元に留学していましたから,博士の数々の論文にも名を連ねています.

Effect of 2-deoxy-D-glucose on plasma somatostatin levels in conscious dogs
https://academic.oup.com/endo/article-abstract/108/4/1222/2591614

Unger博士の論文で一番衝撃的だったのは,糖尿病はインスリンさえ考えていればいいと考えられていた時代に,グルカゴン受容体をノックアウト(=DNA操作により遺伝子欠損させた)したマウスは,薬物で膵臓β細胞を破壊されても,つまり全くインスリン分泌できないのに,血糖値が正常であることを見出したことです. これは『血糖値はインスリンによってコントロールされている』という既成概念を根底からひっくり返すものでした.グルカゴンに反応しないマウスは,インスリンがなくても血糖値は正常なのです.

これをきっかけに グルカゴン ルネサンスと呼ばれる時代が到来したのですが,ここ数年は 少し勢いがそがれています.

その原因の一つに,『現在の測定法は,グルカゴン濃度を正しく測定できているのだろうか?』という深刻な課題が発生したからです. グルカゴンは,その前駆体であるプログルカゴンが分裂して生成するのですが,非常によく似た化合物と共存しており,現在 使われている RIA 法(*)では,そういった類似物質を区別できていないことが明らかになっています.RIAはインスリン濃度測定でも使われており,こちらは問題ない測定精度なのですが,グルカゴンにはどうも分解能不足なのです.そして過去の研究では,この不正確なRIA法でグルカゴンを測定していたため,どこまで真実に迫れていたのか 再検証が必要になってしまいました.

RIA=Radio Immuno Assay ;放射ラベル化した特定抗体をターゲットに選択反応させて,ごく微量の濃度でも測定可能.

この点を改良すべく,群馬大学 北村忠弘 教授が サンドイッチELISA法という測定法を開発して,いよいよこれで グルカゴン研究が本格スタートかと,私も期待しましたが, つい最近,この方法でも やはり 他の化合物を一部 誤測定してしまうことがわかり,なお改良が進行中です.

なお,日本の学会もグルカゴンには注目しており.2014年の第57回 糖尿病学会 シンポジウム20では『グルカゴン ルネツサンス』と題して;

S20-l Molecular mechanisms of glucagon secretion

S20-2 Intraislet regulatio11 of α-cells in glucagon secretion and islet maintenance

S20-3 Characterization of a pancreatic alpha-cell model of type I diabetes employing metabolome a11alysis

S20-4 Diabetes in the absence of glucagon

S20-5 Modulation of glucagon and insulin secretion by DPP-4 and DPP-4 inhibitors

S20-6 Newly developed glucagon sandwich ELISA revealed that plasma glucagon levels increase after glucose loading

という講演もあり,それぞれ聞きごたえのあるものでしたが(6番目の講演は 群馬大 北村教授),やはり本格的な解明はこれからだという雰囲気で,講演では主に『これから 取り組むべき課題』を列挙したような内容でした.

 

しらねのぞるばさんの情報量とその整理のされ方に改めて敬意を表し、またこのような情報を提供していただけることに感謝します。

コメント

  1. highbloodglucose より:

    わたしも呼ばれていたようですが、出遅れました(笑)

    しらねのぞるばさんが書かれたとおりですね。
    グルカゴンのアッセイについては、北村教授らのグループがLC-MS/MS(液体クロマトグラフィー+質量分析法)を開発されています。
    サンドイッチELISA法と比べると特異性が高いというメリットがあるけれど、機器が高額でコストがかかること、分析に時間がかかることがデメリットのようです。
    その点、サンドイッチ法は簡便であり、少なくとも従来のRIA法に比べればLC-MS/MS法のデータと相関が強いので、過去のグルカゴン研究はサンドイッチ法で再確認されるべきと述べられています。
    参考;実験医学増刊 Vol.35 No.2「糖尿病研究の“いま”と治療の“これから”」2017年

    グルカゴンルネッサンスについては、ちょっと古いですが2015年に実験医学の特集号があります。
    実験医学 2015年4月号 Vol.33 No.6「グルカゴン革命 糖尿病の真の分子病態を追え!」

    グルカゴン受容体に直接作用するアンタゴニスト(阻害薬)が糖尿病治療薬になりうると考えられていますが、少なくとも上記2015年の実験医学が出版された時点では開発されていないようです。
    今のところグルカゴンの作用を抑制する薬剤としては、メトホルミンとGLP-1関連薬となっていますね。

    グルカゴンの複雑な作用については、わたしも過去にブログに書いたことがあります。
    ホルモンというのは本当に複雑で興味深いですね。
    https://ameblo.jp/highbloodglucosediary/entry-12434024720.html?frm=theme

  2. highbloodglucose より:

    すみません、追加です。

    グルカゴン受容体アンタゴニストについては、2015年の段階で米国で治験が進んでいるものが3つあったようです。
    (ペプチド型、低分子量型、アンチセンスオリゴヌクレオ型の3種)
    これらの治験がどのような結果に終わったのかは分かりません。
    この辺りは、しらねのぞるばさんの方がお詳しいでしょうか?
    それぞれ、NCT02111096、NCT02250222、NCT01885260という番号が振られていますが、
    わたしには何のことだかさっぱり分かりません…