糖質制限の是非検討ー実践者として

前回の記事に、しらねのぞるばさんからコメントをいただきました。

「糖質制限を推奨する江部先生に,糖質制限否定派のブログなどを示して回答を求める人は,どういう回答を期待しているんだろう?」とは,私も感じたことがあります.
いくら何でも 江部先生が「なるほど,私が間違っていました」と言うのを期待しているとは思えませんから,「あなたの引用したブログは間違っています(又は 信頼に値しません)」という回答になるに決まっているはずです. つまり,江部先生に尋ねる前から,その回答はまったく予測できるのに,そこをあえて質問する意図が 本当に不可解です.
実は 江部先生のブログコメントに,冒頭のような質問を書き込む人に対して『あなたは そんな質問をして何を期待しているのですか?』と,逆質問してみたい誘惑には何度もかられています.

しらねのぞるばさんはロジカルですね。

私は情緒的でかつ意図を憶測してしまうので、

「糖質制限が正しいはずなのに、、、否定論も正しく思えてどうしていいかわからない。 江部先生が反対論に反対したら安心できる、、」

という心情を勝手に憶測しています。端的に言えば江部先生から「私の言っていることが間違いない。私を信じなさい」という回答が欲しいのではないかと。

もしそうだとしたら、すでに自分の中で結論が決まっているわけですから、どのような情報を見ても自分の都合のよいようにしか判断できない危険性があると思います。

糖質制限が絶対的に正しいと思い込むと、糖質制限否定は全面的におかしいはずなのに、専門知識がないからわからない、、、、となってしまってますます不安になる、そんなサイクルに陥ることもあるのではないでしょうか。

調査研究、論文などを引用しての主張は、全面的に間違っていることは少なくまた全面的に正しいということもなく、一部はその通り、ということの方が多いと思います。
同様に江部先生の見解も間違いもありえるし、説明が不十分な場合もある、というつもりでみていると(粗探しをしているわけですが)、糖質制限是も非も、論理矛盾やこのデータからそこまでは言えないだろという拡大解釈が行われていることは、素人でも気づけることが多いと思います。

糖尿病の食事療法に限りませんが,他人のことならいざ知らず自分自身の健康と生命にかかわることなのに,どうして 重要な決断を 自分の主体的判断ではなく 他人の言動任せにできるのでしょうね.自分では判断できないというなら,まだしも医者任せにしたほうがましだろうと思うのですが,こういう質問をする人は,医者の言うことを信じられないからそうしているのだと思われます(医者の診断を信じているのなら,そもそも悩まないはず).

自分の病気に関してすべて主体的に判断すること(≒病気に関する知識を学び、治療について医師のサポートを得ながら自己決定する)は、難しいことで、すべての病気に対してそれを求められてもなかなか大変だとは思います。

しかし、糖尿病治療の糖質制限を行うことは、日本糖尿病学会の認めていないいわば非常識な方法を選択して実行することですから、主体的に判断せざるを得ない選択をしてしまっている、と覚悟すること(=自分の選択であることを自覚し結果は自分が引き受けること)が必要だとは思います。

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