Plant-Based (Whole) Foodについて-しらねのぞるばさん

しらねのぞるばさんが、Plant-Based (Whole) Foodの論文を詳細に吟味し、どのように受け止めたかを書いてくださりました。何が正しいかの議論ではなく、論文の受け止め方として大変参考になると思います。

私には、医学の知識がないことと英語の能力が弱いので、この論文をじっくり読むことが今できないのですが、ざっと見ただけでのコメントをしてみました。ぞるばさんの精緻な分析にこんなざっくりした感想を書いてもよいのか、と迷いつつ書いてみました。

青がしらねのぞるばさん、黒がホリデーです。

 

Plant-Based (Whole) Food( = 以下PBF)について,調べてみました.
この分野では 以下のお二人がブログなどでよく取り上げられているようです.

New York大学医学部准教授 Michelle McMacken
George Washington大学医学部准教授 Neal Barnard

そこで,まずBarnard医師の論文を探してみたことろ;

A Plant-Based High-Carbohydrate, Low-Fat Diet in Overweight Individuals in a 16-Week Randomized Clinical Trial: The Role of Carbohydrates

Nutrients 2018, 10, 1302; doi:10.3390/nu10091302
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/30223451

調べた限りではこれが Bernard准教授の最新論文です.しかもレビューではなく,臨床試験.
今回はこの論文を徹底的に読み解いてみました.

論文には調査や研究を行ってそれを論文にまとめる研究論文とこれまでの先行研究をまとめてるレビュー論文があります。医学は他分野に比較してレビュー論文が多いようです。

質の高いレビュー論文はこれまでの先行研究をまとめたものなので概観する、その分野を学習するにはとても便利で、引用されることも多いです。

ただ、私たちの関心事である糖尿病治療については、例えば糖質制限派は糖質制限に有利な先行研究だけをまとめて糖質制限の効果を主張するというような、客観的でないアプローチになることがあり得ます。他の学問なら権威あるジャーナルはそのような一方的な主張の論文は採択されないのではないかと思うのですが、どうも医学は違うようです。

私はいつも医学論文を読むときには,この試験の被験者全員に集まってもらったら,どんな光景なのだろうと想像することにしています.
Baselineの数字だけではイメージできない姿が浮かぶからです.

非編者がどんな人たちか、は、その研究の結果から誰にでも当てはまる仮説にできるか、その調査の対象だけにしか当てはまらないのかを推測する貴重な手掛かりになります。論文のアブストラクトだけではよくわからないことが多いです。

この試験の場合は被験者の9割は女性で,平均年齢53歳,BMIは28-40.身長が不記載ですが,平均1.65mとしても,80-100kg級です.日本だったらめったに見かけることのない高度肥満女性です.集まってもらうと75名,壮観です. もし シニア女子相撲部の部室というものがあれば,そういう情景. これでイメージがつかめました.

9割が女性というのもどのような意図、集め方なのか、その地人たちがどんな人なのか、疑問を持ちます。Veganを積極的にやってもよい、という医師の人の集団ならその結果を良くしようと頑張る、ということは十分にあり得ることだと思われます。

被験者を2群に分けて,一方(普通食群)はそれまでの自分の食事・日常生活を何も変えずに,他方(PBF群)は食事から動物性のものを避けて,かつ低脂質の植物性食を摂るように指示され(ただしカロリー制限は不要),更に医師・登録栄養士(=日本の管理栄養士に相当)・調理師による講義を受講させた.更にPBF群は毎週1hr.の食事教室も受講[16週なので合計16回]. 被験者は自分がどちらの群に属すのか知らされた. 以上の試験を16週にわたり実施.

高脂血・高血圧・甲状腺機能の薬を服用している人12-24%含まれていますが,糖尿病と診断されている人は最初から除外されているようです.
また,通常この種の試験では,被験者の血清プロファイル[コレステロール,血糖値など]を試験前後に測定するのが普通ですが,記載はありません.学術論文では,[何を記載しているのか]と同じくらい,[何を記載していないのか]も重要な情報です.

ハリス・ベネディクト方程式(改良版)での基礎代謝は,体重80kgで1470kcal,100kgで1653kcal.

この試験前後の平均摂取カロリー[食事記録表による自己申告]を見ると,

普通食群は 1920→1580kcal
一方 PBF群は1850→1450kcal

体重80-100㎏の人の平均摂取カロリーが1850-1920ということから、食事記録の信頼性に疑問ありです。また、普通食群は 1920→1580kcalと摂取カロリーが約20%も減っているのに体重が若干ですが増えています。これってなにかがおかしいような気がします。

私は食事記録のデータの信憑性に疑問を持つようになっいます。ですのでこの研究に限らず、食事記録による調査研究は、データそのものの信憑性が低い場合が多いと思っています。以下に記事に書きました。
日本人の糖質摂取量が減っているのに糖尿病が増えているのは何故?

 

米国の『普通の食事』を見てきたばかりの私からすれば,本当だろうかと思うほどの低カロリー
特にPBF群は どの体重でも基礎代謝エネルギーすらカバーできなくなっています.
普通食群は食事生活を変える必要はないと,またPBF群はカロリー制限はしなくていいと,言われていたにもかかわらず,両群とも申告カロリーが大幅に低下しています.
私がこんな食事を続けたら,すぐにガリガリに痩せてしまいます.

『高糖質のPBF食だからインスリン抵抗性が改善した』のではなく,体格に比べて著しい低カロリー食を続けたので,体重が減り,その結果としてインスリン抵抗性も改善された,と読みました.これなら当たり前です.

ただこの論文のいいところは,被験者が75名と少ないので,集計データではなく,個々のデータが示されていることです.
炭水化物・食物繊維の摂取増減量・率を横軸として,各種指標の変化を見たグラフ(Fig.3 A-L)において,炭水化物・食物繊維が増えるほどすべての指標がよくなっており,相関性・信頼性ありという判定ですが,グラフをよく見ると,総人数が小さいので,非常に優秀な結果の4-5名に引っ張られていることがわかります.

しらねのぞるばさんの儀指摘のように、突出したデータに相関係数が影響を受けることは確かにあります。また、グラフは上限下限に数字を変えるだけで見え方が変わるので、数十人なら表形式のデータを出してくれれば再検証できるのですが。(と言って面倒なので今行う気はありませんが)
また、運動量が影響していることも十分考えられそうです。

このグラフは、糖質に摂取比率の変化と指標の変化をグラフにして、効果を示そうとしています。
私が気になるのは、糖質の摂取比率の変化と摂取カロリーの変化は無相関なのでしょうね、ということです。

指示されたPBFをまじめにやろうとした対象者が、これまで摂取していたそれ以外のたんぱく質、脂質、を食べなくなり、糖質の比率が上がる、カロリーの総量は減る、体重は減り指標が改善するのは当然、単にまじめに取り組んだ人が食事量が減ったので指標が改善した、ということは起こりえることだと思います。

これ、誰でも思いつく疑問だと思うので、当然論文に中に、何らか摂取カロリーの変化の影響についても記載されていると思うのですが。

この特に優秀な4-5名のSpotをグラフから隠しただけで,残りのデータは全体の相関性が怪しくなるほど大きくばらついています. つまりこの論文の結論はわずか数名で決定づけられているのです.PBF群の中でも,特にWholeGrainを摂るのに熱心だった人が,(上限は設定されていませんから)多量の炭水化物と食物繊維を摂り,たまたまよく運動する人だったとしたら,この結果は説明できてしまいます. これほどの小集団データでは,偶然に振られやすいのです.

私なら この人達が16週間の間に どういう運動量だったのかを詳しくHearingします(というか,全員の 運動量と減量結果をPlotしたグラフも別途作るのが普通でしょう, ここでも『書かれていないこと』が重要です). なぜなら被験者の期間中のPhysical Activitiyには3倍近い開きがあったからです. 肥満者ばかり集められて,これから16週間の体重変化を調べますと言われれば,減量競争を勝ち抜こうとしてせっせと運動する人も出てくるでしょう.特にPBF群の人だけには,何度も『自然の植物性食品だけを摂ってください』と繰り返して講義されるわけですから,なおさらです.「今まで減量に失敗してきたが,今度こそこれで痩せられるかも」という被験者自身に由来するバイアスが出る可能性があります.

しかし,以上のような詳細は,新聞・雑誌記事になっても いっさい報道されません. 【植物由来主体の高糖質食をとったらインスリン抵抗性が改善された】 と,論文の結論を転記するだけです.[高度肥満の女性では]という前提条件すら記載されないでしょう.運動量に3倍の開きがあったという背景も消えます. 原文にまであたって裏をとる記者などいないからです.生データを詳細に見た結果と,新聞記事の見出しとでは,まるで印象が異なりますね.著者も[試験の結論]だけを著書に書くでしょうから,読者にはその「主張」しか与えられません.

なお,何かをアピールしている論文を読んだ場合,私は努めて それと正反対の主張をしている論文を探して比較します.この場合は下記の論文がほぼ該当しました.

The Effect of a Plant-Based Low-Carbohydrate (“Eco-Atkins”) Diet on Body Weight and Blood Lipid Concentrations in Hyperlipidemic Subjects
ARCH INTERN MED/VOL 169 (NO. 11), JUNE 8, 2009
https://jamanetwork.com/journals/jamainternalmedicine/fullarticle/415074

低糖質食(27%)で,さらに脂質・蛋白質をできるだけPlant-Basedにしたらどうなのか,という結果です.比較対象は58%高糖質のLacto-ovo vegetarian(肉・鶏・魚は食べないが,酪製品だけは許容する).

こちらは詳述しませんが,年齢層・肥満程度も同じくらい,但し男女比はほぼ半々.試験開始時に血圧や血液検査もきちんとしています. 2割くらいの人が高脂血・高血圧・甲状腺機能薬を服用していて,空腹時血糖値は正常,糖尿病薬服用者はなしという点は同じ.

結果は27%の低糖質PBF食の群と,58%高糖質Lacto-ovo vegetarianの人とで体重減少に差がなし(どちらも4週で-5%の体重低下. Barnard論文のPBF群は16週で-6%).インスリン抵抗性HOMA-IRは,どちらの群もPlant-Based食なのに,改善も悪化もしていないので,Barnard論文とは異なる結果です[★]. ただし 試験前後でのLDLの低下量,nonHDLコレステロール低下幅は,低糖質の方が有意に大きかった.

[★] Barnard論文の Fig.3 Fのグラフで,やはり特に優秀な人4-5名を除くと,インスリン抵抗性は炭水化物摂取比率に対して ほぼFlat,つまり2つの論文の結果がかなり似通ってきます.

いかがでしょうか? 同じような試験を行ったのに,これほど違うのです.一人の医学者,一本の論文だけに依ることは危険だと考えます.

自然食を心がけてよく体を動かせば,ある程度の効果はある.これはたしかでしょう. しかし食事療法の常として,癌の特効薬のようなめざましい効果があるわけではない. 作用機序のはっきりしている薬ですら,効く人/効かない人/不幸にもかえって悪化する人があるように,ここで提案されているPBFも個人差は大きいのです.

この論文の著者 Banard准教授の名誉のために言えば,著者は決して針小棒大に記述しているわけではありません.全被験者の個別Dataまで開示しているのですから,むしろ非常にFairです.

PBFは宗教でもインチキでもありません. ただPBFにせよ他の食事療法にせよ,その効果はおおむねこんなものなのです.むしろ読む方の問題だと申せましょう.論文には「こういう前提条件のもとではこれこれの有意差があった」と書いてあるだけなのに,『すごい方法が発見された. これで糖尿病が必ず良くなる(治る)』と思ってしまうのは,願望で結論を膨らませてしまった結果です.論文著者に責任はありません.

しらねのぞるばさんのおっしゃる通りだと思います。論文を引用して「だから糖質制限は危ない」とか「糖質摂取が危ない」等の情報に接したとき、自分で論文を読んで、誰を対象にした調査で、調査方法がどのようなもので、その効果どの程度のものなのか、理解しないと自分の関係のあることなのか判断できません。

私は専門知識もないし英語も強くないので(統計はかなり強うほうだと思いますが)、よぼど興味をそそられた論文以外はよむのもやめておこう、というスタンスに変わりつつあります。どのみち一つの論文で結論が出ることはほぼない、ということがよくわかってきましたので。

しかし、興味はあるので、しらねのぞるばさんにコメントしていただくとほんとにありがたいです。
これからもよろしくお願いします。

最後に再び 女子相撲部の部室に戻って考えると,はて この人達に有効だったというPBF,果たして自分にもあてはまるのだろうか? それを考えるのは自分です.

依智不依識
依法不依人

私には法四依の教えが至当に響きます.

ここまで読んでくださった方,まことにお疲れ様でした.

コメント

  1. しらねのぞるば より:

    > 当然論文に中に、何らか摂取カロリーの変化の影響についても記載

    普通食群、PBF群の両群共 摂取カロリーが大幅に低下したわけですが、論文本文では、『両群間でカロリー低下量に有意差はなかった』とのみ触れているだけです。
    また、4.4節の 本論文のStrength&Limitationsの項で、「一般に 肥満の人ほど食事内容を過少申告する傾向があり、本研究にも-特に普通食群では-その傾向はある」とは述べています。

    間接的な表現ですが、「被験者本人の摂取カロリー申告絶対値は信用できないから、両群の差異だけに注目したよ」ということなのでしょう。

    余談ですが、「痩せている人は食事を過大申告し、太っている人は過少申告する」というのは、世界共通の傾向のようで、日本糖尿病学会・日本病態栄養学会でも、多くの管理栄養士の方が同様の調査結果を発表しています。 極端な場合は実際の摂取カロリーに比べて半分以下の過少申告も珍しくありません。

    この論文を詳しく読んで、私がもっとも気になったのは、「被験者のBackGroundは、学歴や人種分布まで記載しているのに、なぜ試験前後の血清プロファイル・血圧の変化を記載しなかったのか」です。 高度肥満者対象の試験ですし、高血圧・高脂血症の人も参加しているのだから、試験の安全な実施のためにも、それらを測定していないはずはないのです。 医学論文で「重要なことが書かれていない」のは、「書きたくなかった」ことがあったのだろう(例えばPBF群では試験後に血圧が上昇したetc.)と疑います。

    • ホリデー より:

      しらねのぞるばさん
      コメントありがとうございます。

      >間接的な表現ですが、「被験者本人の摂取カロリー申告絶対値は信用できないから、両群の差異だけに注目したよ」ということなのでしょう。

      まあそういうことなのかもしれませんが、絶対値申告は信じられないが、PFCの比率の申告は信じられるというのもおかしな話だと思います。

      「重要なことが書かれていない」については、記事の中でコメントしようと思って忘れたのですが、
      重要のな項目が何か、は私にはなかなか思いつかない(基礎知識不足)です。
      ただ、医学に関わらず、都合の良いデータだけ論文の書くことはどの分野でもあることのように思います。(論文を書いたとき、仮説に都合の悪いデータをどう解釈して書くか苦労した覚えがあります)

      まあ、食事調査を用いた調査でどっちの食事法がよいという類の研究は余りあてにならないと思ってよいのではないでしょうか。